健康診断や人間ドックでは、ALT(GPT)の基準値は一般的に30U/L以下とされています。この基準値は日本人間ドック学会や特定健診の基準に基づいており、日本消化器病学会肝機能研究班の意見書を参考に決定されています。
ALTの数値が31U/L以上50U/L以下の場合は「要注意」、51U/L以上の場合は「異常」と判定されることが多いです。特に注目すべきは、2023年に日本肝臓学会が発表した「奈良宣言2023」で、ALT値が30U/Lを超えた場合はかかりつけ医への受診を推奨しています。
この基準値設定の背景には、ALT値が30U/Lを超えると肝臓に何らかの異常が起きている可能性が高いというエビデンスがあります。特に2回連続で30U/Lを超える場合は、必ず医療機関を受診することが推奨されています。
肝機能検査では、ALT(GPT)とAST(GOT)という2つの酵素が重要な指標となります。これらの違いを理解することで、検査結果をより正確に解釈できるようになります。
ALTは主に肝臓の細胞に存在する酵素で、肝臓特異性が高いという特徴があります。一方、ASTは肝臓だけでなく、心臓の筋肉(心筋)や骨格筋、赤血球にも含まれています。そのため、ALTの上昇は肝臓の問題を強く示唆しますが、ASTだけが上昇している場合は、心筋梗塞や筋肉の損傷など、肝臓以外の問題も考慮する必要があります。
健康診断では、これら2つの酵素の値とその比率(AST/ALT比)も重要な情報となります。例えば:
このように、ALTとASTの値を組み合わせることで、より詳細な健康状態の把握が可能になります。
ALTの数値が基準値を超えて上昇する原因はさまざまですが、主に以下のような要因が考えられます。
これらの原因によるALT上昇を放置すると、肝線維化から肝硬変、さらには肝がんへと進行するリスクが高まります。特に注意すべきは、肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれるように、かなり進行するまで自覚症状が現れにくいという点です。そのため、健康診断でのALT値のチェックは非常に重要な意味を持ちます。
岐阜大学の研究によると、大学職員を対象とした調査では28%(男性38%、女性18%)にMASLDが認められ、ALT値はMASLDの有無を判断する有用な指標であることが示されています。
ALTの数値は年齢や性別によっても変動することが知られています。これらの変動パターンを理解することで、自分の検査結果をより適切に解釈することができます。
年齢による変動:
研究によると、男性のALT値は50歳代(平均34IU/l)まで年齢とともに上昇し、60歳代になると有意に低下する傾向があります。一方、女性では50歳代(平均21IU/l)でピークを示しますが、全体的に大きな変動は見られません。
性別による差:
一般的に、ALT値は男性の方が女性よりも高い傾向があります。これは男性ホルモンの影響や、筋肉量の違い、生活習慣の差などが関係していると考えられています。
飲酒の影響:
飲酒習慣のある人とない人を比較すると、特に男性では飲酒者の方がALT値が高くなる傾向があります。女性ではこの差はあまり顕著ではないことが報告されています。
これらの変動要因を考慮すると、単純に基準値と比較するだけでなく、年齢や性別、生活習慣なども踏まえた総合的な判断が必要です。特に、過去の自分自身の検査結果と比較して、経時的な変化を見ることも重要なポイントとなります。
ALTの数値が基準値を超えている場合、生活習慣の改善によって数値を下げることが可能です。以下に、ALT値の改善に効果的な対策をご紹介します。
1. 体重管理と適切な食事
2. アルコール摂取の見直し
3. 適度な運動習慣
4. 睡眠の質の向上
5. ストレス管理
これらの生活習慣改善を3〜6ヶ月程度継続することで、ALT値の改善が期待できます。特に、体重減少は脂肪肝の改善に直結することが多くの研究で示されており、体重の5〜10%の減量でも肝機能の改善効果が認められています。
ただし、ALT値が高い状態が続く場合や、数値が著しく高い場合(100U/L以上など)は、自己判断せずに医療機関を受診することが重要です。専門医による適切な診断と治療が必要となる場合があります。
近年、肝臓病の分類や概念が変化しており、特に注目されているのが「代謝異常関連脂肪性肝疾患(Metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease: MASLD)」です。これは従来の「非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)」に代わる新しい概念として2023年に提唱されました。
MASLDは肥満や糖尿病、高血圧などの代謝異常と関連した脂肪肝を指し、日本人の成人の約28%(男性38%、女性18%)が該当するという研究結果もあります。岐阜大学の研究では、ALT値がMASLDの診断に有用な指標であることが示されており、特異度が90%以上となるALTのカットオフ値は29 IU/Lと算出されています。
MASLDの問題点は、放置すると肝線維化から肝硬変、さらには肝がんへと進行するリスクがあることです。特に、肝線維化を伴うMASLDは予後不良とされています。また、MASLDは心血管疾患のリスク因子でもあり、全身の健康にも影響を及ぼします。
日本肝臓学会の「奈良宣言2023」では、ALT値が30を超えた場合にかかりつけ医を受診し、必要に応じて専門医へ紹介されることを推奨しています。この早期発見・早期介入の流れは、MASLDの進行を防ぎ、肝臓の健康を守るために非常に重要です。
MASLDの治療の基本は生活習慣の改善ですが、進行例では薬物療法も検討されます。定期的な健康診断でALT値をチェックし、異常があれば適切な医療機関を受診することが、肝疾患の早期発見と予防につながります。
健康診断でのALT値は、一時点の数値だけでなく、経時的な変化を見ることが非常に重要です。ALT値の変動パターンを理解し、健康診断を効果的に活用する方法について解説します。
経時的変化の重要性
ALT値は様々な要因で一時的に上昇することがあります。例えば、検査前日の飲酒や過食、激しい運動、一時的な薬の服用などによっても変動します。そのため、1回の検査結果だけで判断するのではなく、複数回の検査結果を比較して傾向を見ることが大切です。
特に注意すべきは以下のようなパターンです:
健康診断の効果的な活用法
健康診断は「異常の発見」だけでなく、「予防」のためのツールでもあります。ALT値の変化を定期的にチェックすることで、肝臓の健康状態を継続的にモニタリングし、問題が深刻化する前に対処することができます。
特に、生活習慣の改善を行った後の変化を確認することで、自分の取り組みの効果を客観的に評価することもできます。健康診断を単なる義務ではなく、自分の健康管理のための重要な情報源として活用しましょう。