トリグリセライド(TG)は、私たちの体内で重要なエネルギー源として機能する脂質の一種です。日本語では「中性脂肪」とほぼ同義語として使われており、健康診断の項目としてよく目にする方も多いでしょう。このトリグリセライドは、グリセロール(グリセリン)という物質の3つの水酸基すべてに脂肪酸がエステル結合した「トリアシルグリセロール」という化学構造を持っています。
私たちの体内では、トリグリセライドは主に脂肪細胞に貯蔵されています。血液中では、水に溶けにくい性質を持つため、単独では存在できず、リン脂質やアポ蛋白と複合体(リポ蛋白)を形成して運搬されています。この仕組みにより、水性の血液中でも効率よく全身に運ばれるのです。
トリグリセライドには、食事から摂取される「外因性」のものと、肝臓で生成される「内因性」のものがあります。外因性のトリグリセライドはカイロミクロンというリポ蛋白に、内因性のものはVLDL(超低密度リポ蛋白)に含まれて血中を循環します。これらは体内の酵素によって分解され、エネルギー源として利用されたり、脂肪組織に蓄積されたりします。
健康診断でトリグリセライド値が高いと指摘された場合、それは体内の脂質代謝に何らかの異常が生じている可能性を示しています。トリグリセライドの適切な管理は、動脈硬化や心血管疾患の予防において非常に重要です。
健康診断でトリグリセライド(中性脂肪)の値を正確に評価するためには、10〜12時間の絶食後(水やお茶は摂取可能)に採血を行うことが基本です。これは食事の影響を排除し、正確な数値を得るためです。
トリグリセライドの診断基準は以下のように分類されています:
トリグリセライド値 (mg/dL) | 診断 |
---|---|
150以下 | 正常範囲 |
150~199 | ボーダーライン高値 |
200~499 | 高トリグリセライド血症 |
500以上 | 重症高トリグリセライド血症 |
人間ドック学会の判定区分では、トリグリセライド値が150mg/dL未満であれば「異常なし」、150〜299mg/dLであれば「軽度異常」、300〜499mg/dLであれば「要再検査・生活改善」、500mg/dL以上であれば「要精密検査・要治療」と判定されます。
トリグリセライド値が150mg/dL以上の場合、「高トリグリセライド血症」と診断されますが、200mg/dL未満であれば、まずは食事療法や運動療法などの生活習慣の改善が推奨されます。200mg/dL以上の場合や、他の疾患リスクが高い場合には、薬物療法が検討されることもあります。
トリグリセライド値は日々の食生活や運動習慣に大きく影響されるため、1回の検査結果だけで一喜一憂するのではなく、定期的に検査を受けて自分の体質や生活習慣を把握することが大切です。特に、500mg/dL以上の重症高トリグリセライド血症は、急性膵炎のリスクも高まるため、医療機関での適切な治療が必要です。
健康診断では、トリグリセライド(TG)だけでなく、総コレステロール(TC)、LDLコレステロール(LDL-C)、HDLコレステロール(HDL-C)など複数の脂質検査が行われます。これらの検査値は互いに関連しており、総合的に評価することで脂質代謝の状態や動脈硬化のリスクを把握することができます。
まず、総コレステロールは血中に含まれるコレステロールの総量を示します。かつては総コレステロールの値が重視されていましたが、現在ではその内訳がより重要視されています。そのため、人間ドック学会では総コレステロールの判定は行わないことになっています。
LDLコレステロールは「悪玉コレステロール」と呼ばれ、血管壁にコレステロールを運び、動脈硬化を促進する働きがあります。LDL-C値が高いと、心筋梗塞や脳梗塞などの心血管疾患のリスクが高まります。LDL-Cの基準値は120mg/dL未満で、140mg/dL以上になると「高LDLコレステロール血症」と診断されます。
HDLコレステロールは「善玉コレステロール」と呼ばれ、血管壁からコレステロールを回収して肝臓へ運び、動脈硬化を抑制する働きがあります。HDL-C値が低いと心血管疾患のリスクが高まるため、40mg/dL以上を維持することが望ましいとされています。
トリグリセライド値が高い場合、特にHDL-C値が低下し、LDL-C値が上昇することがあります。これは「脂質異常症」と呼ばれる状態で、動脈硬化のリスクが高まります。また、トリグリセライド値が400mg/dL以上になると、通常の方法ではLDL-Cを正確に測定できなくなるため、代わりにnon-HDL-C(総コレステロールからHDL-Cを引いた値)を用いて評価することがあります。
これらの脂質検査値は互いに影響し合うため、一つの値だけでなく、全体のバランスを見ることが重要です。例えば、トリグリセライド値が高くても、HDL-C値が十分に高ければ、心血管疾患のリスクは比較的低いと考えられます。逆に、トリグリセライド値とLDL-C値が共に高い場合は、リスクが高まります。
トリグリセライド値が高い状態、つまり高トリグリセライド血症が続くと、さまざまな健康リスクが生じます。特に注意すべきなのは、動脈硬化性疾患のリスク上昇です。
動脈硬化とは、血管の内側に脂質が蓄積して血管壁が厚くなり、弾力性が失われる状態を指します。トリグリセライド値が高いと、血液中の脂質粒子が増加し、血管壁に付着しやすくなります。これにより、動脈硬化が進行し、血管が狭くなったり、詰まったりするリスクが高まります。
動脈硬化が進行すると、以下のような重大な疾患を引き起こす可能性があります:
特に、トリグリセライド値が500mg/dL以上の重症高トリグリセライド血症では、急性膵炎を発症するリスクが高まります。急性膵炎は、膵臓に急性の炎症が生じる疾患で、激しい腹痛や嘔吐などの症状を引き起こし、重症化すると生命を脅かす可能性もあります。
また、高トリグリセライド血症は、メタボリックシンドロームの一要素でもあります。メタボリックシンドロームとは、内臓脂肪型肥満に加えて、高血圧、高血糖、脂質異常症のうち2つ以上を合併した状態を指し、心血管疾患のリスクが著しく高まります。
高トリグリセライド血症は、初期段階では自覚症状がほとんどないため、定期的な健康診断で早期に発見し、適切な対策を取ることが重要です。特に、家族歴がある場合や、肥満、運動不足、過度の飲酒、喫煙などのリスク要因がある方は、注意が必要です。
トリグリセライド値が高いと診断された場合、まずは生活習慣の改善から始めることが重要です。適切な食事管理と運動習慣の確立により、多くの場合、トリグリセライド値を正常範囲内に戻すことが可能です。
【食事療法のポイント】
【運動療法のポイント】
【その他の生活習慣改善】
これらの生活習慣改善を3〜6ヶ月継続しても十分な効果が得られない場合や、トリグリセライド値が非常に高い場合は、医師の指導のもとで薬物療法を検討することになります。ただし、薬物療法を行う場合でも、これらの生活習慣改善は継続することが重要です。
トリグリセライド(中性脂肪)は体内でどのように処理されるのか、そのメカニズムを理解することは、高トリグリセライド血症の治療法開発において重要です。近年の研究では、トリグリセライドの分解に関わる酵素の働きや、その効率を高める方法について新たな知見が得られています。
トリグリセライドの分解は主に「リポ蛋白リパーゼ(LPL)」という酵素によって行われます。LPLは血管内皮細胞の表面に存在し、血中のリポ蛋白(カイロミクロンやVLDL)に含まれるトリグリセライドを加水分解して、脂肪酸とグリセロールに分解します。この反応はアポ蛋白C-IIという物質の存在下で促進されます。
分解された脂肪酸は、筋肉ではエネルギー源として利用され、脂肪組織では再びトリグリセライドとして貯蔵されます。グリセロールは肝臓に運ばれ、糖新生の材料となったり、再びトリグリセライド合成に利用されたりします。
最近の研究では、バチルス・アミロリクエファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)JP-21という細菌由来のウレアーゼ酵素が、エチルカーバメイト(EC)とともにトリグリセライドも分解できることが明らかになっています。研究者たちは、この酵素の特定のアミノ酸残基(M326とM374)を変異させることで、トリグリセライドへの親和性を高め、分解効率を向上させることに成功しました。